妙法蓮華経みょうほうれんげきょう 普賢菩薩ふげんぼさつ 勧発品かんぼっぽん 第二十八だいにじゅうはち

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要約


仏に言います。
世尊よ、私は宝威徳上王仏の国で、遥かこの娑婆世界へ法華経を説いているのをお聞きし、 無量無辺百千万億の多くの菩薩たちと共に参り、聴受したいと思います。
願わくは世尊よ、これをお説きください。もし善男子、善女人、如来の滅後に於いて、 どのようにこの法華経を得ることができるでしょうか。
仏は普賢菩薩に告げます。
もし善男子、善女人が四法を成就すれば如来の滅後に於いて、 必ずこの法華経を得ることができるでしょう。
一には諸仏に守られること、
二には諸々の善根を植えること、
三には成仏が定まった者たちの仲間に入ること、
四には一切衆生を救う心を起こすことなのです。

善男子、善女人よ、このように四法を成就すれば如来の滅後に於いて、 必ずこの経を得ることができるでしょう。

その時普賢菩薩は仏に言います。
世尊よ、後の五百歳の濁悪の世の中に於いて、この経典を受持する者は、 私は必ず守護し、その衰患を除き、安穏にさせ、 伺い求める隙を得る者が無いようにするでしょう。
若しくは魔、若しくは魔子、若しくは魔女、若しくは魔民、 若しくは魔にとりつかれた者、若しくは夜叉、若しくは羅刹、 若しくは鳩槃荼、若しくは毘舎闍、若しくは吉蔗、若しくは富単那、 若しくは韋陀羅など、多くの人を悩ます者は、皆便を得ることはできないでしょう。
この人が、この経を読誦したなら、 私は、六牙の白象王に乗り、大菩薩たちを共にそこに詣で、 自ら身を現して供養し守護し、その心を安慰にするでしょう。
法華経を供養する為だからです。

この人が坐ってこの経を思惟するなら、 その時に私は、白象王に乗り、その人の前に現われましょう。
その人がもし法華経に於いて一句、一偈でも忘れてしまう所があれば、 私は必ずこれを教えて、一緒に読誦し、そのように理解させるでしょう。
その時法華経を受持し、読誦する者は、私の身を見ることができ、 大いに歓喜し、また精進するでしょう。
私を見ることで、直ぐに三昧と陀羅尼を得るでしょう。
名付けて旋陀羅尼、百千万億旋陀羅尼、法音方便陀羅尼とし、 このような陀羅尼を得るでしょう。
世尊よ、もし後の世の後の五百歳、濁悪の世の中で、出家男子、出家女子、 在家男子、在家女子で探し求めている者、受持している者、 読誦している者、書写している者は、この法華経を修習したいと思うなら、 二十一日の間、一心に精進することです。

二十一日が満了したなら、私は必ず六牙の白象に乗って、 無量の菩薩が取り囲み、一切衆生が見たいと思うところに身を持って、 その人の前に現し、法を説いて示教利喜するのです。
それに陀羅尼呪を与えるでしょう。
この陀羅尼を得るが故に、人でない者が破壊することはないでしょう。
また、女人に惑乱されないでしょう。
只願わくは世尊よ、私がこの陀羅尼を説くことをお許し頂きたいのです。
世尊よ、もし菩薩がこの陀羅尼を聞くことができたら、知るべきです。
普賢の神通の力なのだということを。
もし法華経を閻浮提で行じたなら、受持する者はこのように思うでしょう。
皆これ普賢の威神の力である。
もし受持し、読誦し、忘れずに心に留め、その意味を理解し、 説の通りに修行するなら知るべきでしょう。
この人は普賢の行をしているのです。
無量無辺の諸仏の所で、深く善根を種えているのです。
多くの如来の手で、その頭を撫でられたのです。

只書写するなら、この人の命が終ったら必ず、忉利天に生まれるでしょう。
その時に八万四千の天女が様々な妓楽を奏でながらやってきて、 迎えるでしょう。
その人は直ぐに七宝の冠を付け、采女の中で娯楽快楽するでしょう。
ましてや受持し、読誦し、忘れずに心に留めて、その意味を理解し、 説の通りに修行するなら尚更です。
もし人が受持し、読誦し、その意味を理解するなら、 その人の命が終われば、千の仏が手を授けて、恐怖なく悪趣に堕ちることなく、 直ぐに兜率天の弥勒菩薩の所に行くでしょう。
弥勒菩薩は三十二相あり、大菩薩たちと共に取り囲まれ、 百千万億の天女の眷属がいて、その中に生まれるでしょう。
このような功徳や利益があるのです。
これ故に智者よ、必ず一心に自ら書き、若しくは人にも書かせ、 受持し、読誦し、忘れずに心に留め、説の通りに修行すべきなのです。

世尊よ、私は今神通力を持ち、この経を守護し、如来の滅後に於いて閻浮提の中で、 広く流布させ、断絶はさせません。
その時、釈迦牟尼仏は讃えて言います。
善きかな、普賢よ、あなたはこの経を護り助け、 多くの所の衆生を安楽させ、利益を受けさせ、 既に不可思議な功徳と深大な慈悲を成就しました。
久遠の昔から完全なる智慧を起こし、この神通の願を立て、 この経を守護するのです。
私は必ず神通力で普賢菩薩の名を受持する者を守護しましょう。
普賢よ、もしこの法華経を受持し、読誦し、忘れずに心に留め、 修習し、書写する者は、釈迦牟尼仏を見る人だと知るのです。
仏の口からこの経典を聞くようなものだと知るのです。
この人は釈迦牟尼仏を供養しているのだと知るのです。
この人は仏が「素晴らしい」と讃えていることを知るのです。
この人は釈迦牟尼仏の手で、その頭を撫でられていることを知るのです。
そして、この人は釈迦牟尼仏の衣で覆われていることを知るのです。
このような人は、世楽に貪欲だったり、執着することはないのです。

外道の経典や、著書を好まず、また喜んでその人や諸の悪い者で、 若しくは屠殺する者、若しくは猪、羊、鶏、狗を畜う者、 若しくは猟師、若しくは女色を売る者には親近しないのです。
この人は心意が質直であり、忘れずに心に留め、福徳力があるのです。
この人は三毒に悩まされず、嫉妬、我慢、邪慢、増上慢に悩まされず、 この人は欲が少なく、足ることを知り、普賢の行を修めるでしょう。
普賢よ、如来が滅後した後の五百歳に、もし人が法華経を受持し、 読誦する者を見るなら、このように思うべきなのです。
この人は、ほどなく必ず道場に詣で、多くの摩軍を破り、 最極の完全なる智慧を得て、法輪を転じ、法鼓を撃ち、法の螺を吹き、 法の雨を降らせるでしょう。
天人の集いの中で、師子法座の上に坐るに違いないでしょう。
普賢よ、もし後の世に於いてこの経典を受持し、読誦する者は、 衣服、臥具、飲食、暮らしの物を欲して執着することはないでしょう。
立てた願いは偽りにはならないのです。
また現世に於いて、その福の報いを得るでしょう。

もし人がこれを軽毀し、このように言ったとします。
お前は狂人に過ぎず、虚しくこの行をしても、獲るものはないだろう。
このような罪の報いとして、生まれる度に眼は無いでしょう。
もしこれを供養し讃歎する者は、必ず今世に於いて果報を得るでしょう。
もしまたこの経典を受持する者を見て、その過悪を出そうとするなら、 もし真実であれ、真実でないにせよ、この人は現世で白癩の病を得て、 もしこれを軽笑する者は、生まれ変わるたびに牙歯がすけ、 欠け、唇は醜く、鼻は平らで、手脚はねじれ、眼は斜視となり、 身体臭く悪瘡や、膿の血、水が腹に溜まり、短気で、 様々な悪病、重病になるでしょう。
これ故に普賢よ、もしこの経典を受持する者を見るなら、 必ず立ち上がり、遠くから迎えるべきで、まさに仏を敬うようにすべきなのです。
この普賢勧発品を説かれた時、ガンジス河の砂の数に等しい無量無辺の菩薩が、 百千万億旋陀羅尼を得て、三千大千世界微塵にした数に等しい諸の菩薩は、 普賢の道を身に付けたのです。
仏はこの経を説かれたとき、普賢らの諸の菩薩、 舎利弗などの諸の声聞及び諸の天人、龍など人でない者たちの一切の大会で、 皆大いに歓喜し、仏の言葉を受持し、礼をして去ったのです。
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妙法蓮華経
普賢菩薩勧発品第二十八

爾時普賢菩薩。以自在神通力。威徳名聞。
與大菩薩無量無辺不可稱数從東方来。
所経諸国普皆震動。雨宝蓮華。
作無量百千万億種種伎楽。
又與無数諸天。龍。夜叉。乾闥婆。阿修羅。迦樓羅。
緊那羅。摩睺羅伽。人非人等大衆圍繞。
各現威徳神通之力。到娑婆世界耆闍崛山中。
頭面禮釈迦牟尼仏。右繞七匝。

白仏言。
世尊。我於宝威徳上王仏国。
遥聞此娑婆世界説法華経。
與無量無辺百千万億諸菩薩衆。共来聴受。
唯願世尊。当為説之。
若善男子善女人。於如来滅後。云何能得是法華経。
仏告普賢菩薩。
若善男子善女人。成就四法。於如来滅後。当得是法華経。
一者為諸仏護念。二者殖衆徳本。

三者入正定聚。四者発救一切衆生之心。
善男子善女人。如是成就四法。
於如来滅後必得是経。

爾時普賢菩薩白仏言。
世尊。於後五百歳濁悪世中。
其有受持是経典者。我当守護

除其衰患令得安穏。使無伺求得其便者。
若魔若魔子。若魔女若魔民。
若為魔所著者。若夜叉若羅刹。

若鳩槃荼。若毘舍闍。

若吉遮。若富單那。
若韋陀羅等。諸悩人者。皆不得便。

是人若行若立讀誦此経。
我爾時乘六牙白象王。
與大菩薩衆倶詣其所。而自現身。供養守護安慰其心。
亦為供養法華経故。
是人若坐思惟此経。
爾時我復乘白象王現其人前。
其人若於法華経。有所忘失一句一偈。
我当教之與共讀誦還令通利。

爾時受持讀誦法華経者。得見我身

甚大歓喜。轉復精進。以見我故。

即得三昧及陀羅尼。
名為旋陀羅尼。百千万億旋陀羅尼。
法音方便陀羅尼。得如是等陀羅尼。
世尊。若後世後五百歳濁悪世中。
比丘比丘尼優婆塞優婆夷。求索者。

受持者。讀誦者。書寫者。欲修習是法華経。
於三七日中応一心精進。
満三七日已。我当乘六牙白象。
與無量菩薩而自圍繞。
以一切衆生所憙見身。
現其人前。而為説法示教利喜。
亦復與其陀羅尼呪。
得是陀羅尼故。無有非人能破壞者。

亦不為女人之所惑亂。我身亦自常護是人。
唯願世尊。聴我説此陀羅尼呪。

即於仏前。而説呪曰
阿檀地。途賣反。一。檀陀婆地。二。

檀陀婆帝。三。檀陀鳩舍隷。四。

檀陀修陀隷。五。修陀隷。六。

修陀羅婆底。七。仏駄波羶禰。八。

薩婆陀羅尼阿婆多尼。九。薩婆婆沙、

阿婆多尼。十。修阿婆多尼。十一。

僧伽婆履叉尼。十二。僧伽涅、伽陀尼。十三。
阿僧祇。十四。僧伽波伽地十五。

帝隷阿惰僧伽兜略。盧遮反。阿羅帝、

婆羅帝。十六。薩婆僧伽、
三摩地、伽蘭地。十七。
薩婆達磨、修波利刹帝。十八。

薩婆薩埵、樓駄憍舍略、阿兎伽地。十九。辛阿毘吉利地帝二十。

世尊。若有菩薩。得聞是陀羅尼者。

当知普賢神通之力。
若法華経行閻浮提有受持者。

応作此念。皆是普賢威神之力。
若有受持讀誦正憶念解其義趣如説修行。
当知是人行普賢行。
於無量無辺諸仏所深種善根。
為諸如来手摩其頭。
若但書寫。是人命終
当生利天上。
是時八万四千天女。作衆伎楽而来迎之。
其人即著七宝冠。於采女中娯楽快楽。
何況受持讀誦正憶念解其義趣如説修行。
若有人受持讀誦解其義趣。
是人命終為千仏授手。令不恐怖不墮悪趣。
即往兜率天上弥勒菩薩所。
弥勒菩薩有三十二相。大菩薩衆所共圍繞。
有百千万億天女眷屬。而於中生。有如是等功徳利益。
是故智者応当一心自書
若使人書。受持讀誦正憶念如説修行。
世尊。我今以神通力故守護是経。於如来滅後。
閻浮提内。広令流布。使不断絶。

爾時釈迦牟尼仏讃言。
善哉善哉。
普賢。汝能護助是経。令多所衆生安楽利益。
汝已成就不可思議功徳深大慈悲。
從久遠来発阿耨多羅三藐三菩提意。

而能作是神通之願守護是経。
我当以神通力守護能受持普賢菩薩名者。
普賢。若有受持讀誦正憶念修習書寫是法華経者。
当知是人則見釈迦牟尼仏。如從仏口聞此経典。
当知是人供養釈迦牟尼仏。
当知是人仏讃善哉。
当知是人為釈迦牟尼仏手摩其頭。

当知是人為釈迦牟尼仏。衣之所覆。

如是之人不復貪著世楽。不好外道経書手筆。
亦復不喜親近其人。及諸悪者。若屠兒。
若畜猪羊鷄狗。

若獵師。若衒賣女色。

是人心意質直。有正憶念有福徳力。
是人不為三毒所悩。
亦復不為嫉妬我慢邪慢増上慢所悩。
是人少欲知足能修普賢之行。
普賢。若如来滅後後五百歳。若有人見受持讀誦法華経者。
応作是念。
此人不久。当詣道場。
破諸魔衆。得阿耨多羅三藐三菩提。
轉法輪撃法鼓吹法螺雨法雨。
当坐天人大衆中師子法座上。
普賢。若於後世。受持讀誦是経典者。

是人不復貪著衣服臥具飮食資生之物。所願不虚。
亦於現世得其福報。
若有人輕毀之言。
汝狂人耳。空作是行終無所獲。

如是罪報当世世無眼。
若有供養讃歎之者。
当於今世得現果報。
若復見受持是経者。出其過悪。
若実若不実。此人現世得白癩病。

若有輕笑之者。
当世世牙齒疎缺。醜脣平鼻。

手脚繚戻。眼目角。

身體臭穢。悪瘡膿血。水腹短気。諸悪重病。
是故普賢。若見受持是経典者。
当起遠迎当如敬仏。

説是普賢勸発品時。恆河沙等無量無辺菩薩。得百千万億旋陀羅尼。
三千大千世界微塵等諸菩薩具普賢道。
仏説是経時。普賢等諸菩薩。舍利弗等諸聲聞。
及諸天龍人非人等。
一切大會皆大歓喜。受持仏語。作禮而去。

妙法蓮華経
普賢菩薩勧発品第二十八
(訓読)

爾の時に普賢菩薩、自在神通力威徳名聞を以って、

大菩薩の無量無辺不可称数なると、東方より来る。

所経の諸国普く皆震動し、宝蓮華を雨らし、
無量百千万億の種種の伎楽を作す。
又無数の諸天、龍、夜叉、乾闥婆(けんだつば)、阿修羅、迦楼羅(かるら)、
緊那羅(きんなら)、摩睺羅伽(まごらか)、人非人等の大衆の囲繞(いにょう)せると、
各威徳神通の力を現じて、娑婆世界の耆闍崛山(ぎしゃくっせん)の中に到って、
頭面に釈迦牟尼仏を礼し、右に繞ること七匝(そう)して、

仏に白(もう)して言(もう)さく、
世尊、我、宝威徳上王仏の国に於いて、
遥かに此の娑婆世界に、法華経を説きたもうを聞いて、
無量無辺百千万億の諸の菩薩衆と共に、来って聴受す。

唯、願わくは世尊、当に為に之を説きたもうべし。
若し、善男子、善女人、如来の滅後に於いて、云何にしてか能く是の法華経を得ん。
仏、普賢菩薩に告げたまわく、
若し、善男子、善女人、四法を成就せば、如来の滅後に於いて、当に是の法華経を得べし。
一には、諸仏に護念せらるることを為、二には、諸の徳本を植え、
三には、正定聚に入り、四には、一切衆生を救う心を発せるなり。
善男子、善女人、是の如く四法を成就せば、
如来の滅後に於いて必ず是の経を得ん。

爾の時に普賢菩薩、仏に白して言さく、
世尊、後の五百歳濁悪世の中に於いて、
其れ、是の経典を受持すること有らん者は、我当に守護して、
其の衰患を除き安穏なることを得せしめ、伺い求むるに、其の便りを得る者無からしむべし。
若しは魔、若しは魔子、若しは魔女、若しは魔民、
若しは魔に著せられたる者、若しは夜叉、若しは羅刹(らせつ)、
若しは鳩槃荼(くはんだ)、若しは毗舎闍(びしゃじゃ)、

若しは吉蔗(きっしゃ)、若しは富単那(ふたんな)、
若しは韋陀羅(いだら)等の、諸の人を悩す者皆便りを得ざらん。
是の人、若しは行き、若しは立って此の経を読誦せば、
我爾の時に、六牙の白象王に乗って、
大菩薩衆と倶に其の所に詣って、自ら身を現じ、供養し守護して其の心を安慰せん。
亦法華経を供養せんが為の故なり。
是の人若しは、坐して此の経を思惟せば、
爾の時に我復、白象王に乗って其の人の前に現ぜん。
其の人若し法華経に於いて、一句一偈をも忘失する所有らば、
我当に之を教えて与共に読誦し、還って通利せしむべし。

爾の時に法華経を受持し読誦せん者、我が身を見ることを得て、
甚だ大いに歓喜して、転(うた)た復精進せん。我を見るを以っての故に、
即ち三昧、及び陀羅尼(だらに)を得ん。
名づけて旋陀羅尼、百千万億旋陀羅尼、
法音方便陀羅尼と為す。是の如き等の陀羅尼を得ん。
世尊若し、後の世の後の五百歳、濁悪世の中に、
比丘、比丘尼、優婆塞、優婆夷の求索(ぐしゃく)せん者、

受持せん者、読誦せん者、書写せん者、是の法華経を修習せんと欲せば、
三七日の中に於いて、応に一心に精進すべし。
三七日を満じ已らば、我当に六牙の白象に乗って、
無量の菩薩の、而も自ら囲繞(いにょう)せると、
一切衆生の見んと憙(ねが)う所の身を以って、
其の人の前に現じて、為に法を説いて示教利喜すべし。
亦復、其に陀羅尼呪を与えん。
是の陀羅尼を得るが故に、非人の能く破壊(はえ)する者有ること無けん。
亦女人に惑乱せられじ。我が身亦、自ら常に是の人を護らん。
唯願わくは世尊、我が此の陀羅尼を説くことを聴したまえ。

即ち仏前に於いて、呪を説いて曰さく、
阿檀地(あたんだい一)、檀陀婆地(たんだはだい二)、
檀陀婆帝(たんだはて三)、檀陀鳩賖隷(たんだくしゃれ四)、
檀陀修陀隷(たんだしゅだれ五)、修陀隷(しゅだれ六)、
修陀羅婆底(しゅだらはち七)、仏駄波羶禰(ぼだはせんね八)、
薩婆陀羅尼阿婆多尼(さるばだらに・あばたに九)、薩婆婆沙、
阿婆多尼(さるばばしゃ・あばたに一〇)、修阿婆多尼、しゅあばたに(一一)、
僧伽婆履叉尼(そうぎゃはびしゃに一二)、僧伽涅、伽陀尼(そうぎゃね・きゃだに一三)、
阿僧祇(あそうぎ一四)、僧伽波伽地(そうぎゃはぎゃだい一五)、
帝隷阿惰僧伽兜略(ていれあだそうぎゃとりゃ)阿羅帝(あらて)、
婆羅帝(はらて)(一六)、薩婆僧伽(さるばそうぎゃ)、
三摩地(さんまじ)、伽蘭地(きゃらんだい一七)、
薩婆達磨、修波利刹帝(さるばだるま・しゅはりせつて一八)、
薩婆薩埵(さるばさった)、楼駄憍舎略(ろだきょうしゃりゃ)、阿兎伽地(あとぎゃだい一九)、辛阿毗吉利地帝(しんあびきりたいて二〇)。
世尊、若し菩薩有って、是の陀羅尼を聞くことを得ん者は当に知るべし。
当に知るべし普賢神通の力なり。
若し法華経の、閻浮提(えんぶだい)に行ぜんを受持すること有らん者は、
応に此の念を作すべし。皆是れ、普賢威神の力なりと。
若し受持し、読誦し、正憶念し、其の義趣を解し、説の如く修行すること有らん。
当に知るべし。是の人は、普賢の行を行ずるなり。
無量無辺の諸仏の所に於いて、深く善根を種えたるなり。
諸の如来の手をもって、其の頭を摩でたもうことを為ん。
若し但書写せんは、是の人命終して、
当に忉利(とうり)天上に生ずべし。
是の時に八万四千の天女、衆の伎楽を作して、来って之を迎えん。
其の人、即ち七宝の冠を著て、采女の中に於いて娯楽快楽せん。
何に況や受持し、読誦し、正憶念し、其の義趣を解し、説の如く修行せんをや。
若し、人有って受持し、読誦し、其の義趣を解せん。
是の人命終せば、千仏の手を授けて、恐怖せず、悪趣に堕ちざらしめたもうことを得、
即ち兜率天上の弥勒菩薩の所に往かん。
弥勒菩薩は、三十二相有って、大菩薩衆に共に囲繞せらる。
百千万億の天女眷属有って、中に於いて生ぜん。是の如き等の功徳利益有らん。
是の故に智者、応当に一心に自ら書き、
若しは人をしても書かしめて、受持し、読誦し、正憶念し、説の如く修行すべし。
世尊、我今神通力を以っての故に、是の経を守護して如来の滅後に於いて、
閻浮提の内に広く流布せしめて断絶せざらしめん。

爾の時に釈迦牟尼仏、讃めて言わく、
善い哉善い哉、
普賢、汝能く、是の経を護助して、多所の衆生をして、安楽し利益せしめん。
汝已に、不可思議の功徳深大の慈悲を成就せり。
久遠より来(このかた)、阿耨多羅三藐三菩提の意を発して、
能く是の神通の願を作して、是の経を守護す。
我当に神通力を以って、能く普賢菩薩の名を受持せん者を守護すべし。
普賢、若し是の法華経を受持し、読誦し、正憶念し、修習し、書写すること有らん者は、
当に知るべし。是の人は、則ち釈迦牟尼仏を見るなり。仏口より此の経典を聞くが如し、
当に知るべし。是の人は、釈迦牟尼仏を供養するなり。
当に知るべし。是の人は、仏善い哉と讃む。
当に知るべし。是の人は、釈迦牟尼仏の手をもって、其の頭を摩(な)ずるを為(え)ん。
当に知るべし。是の人は、釈迦牟尼仏の衣に覆(おお)わるることを為(え)ん。
是の如きの人は、復世楽に貪著(とんじゃく)せじ、外道の経書、手筆を好まじ。
亦復憙って其の人、及び諸の悪者の、若しは屠児(とに)、

若しは豬羊(ちょよう)、鶏狗(けいく)を畜(やしな)うもの、

若しは猟師、若しは女色を衒売(げんまい)するものに親近せじ。
是の人は、心意質直にして正憶念有り。福徳力有らん。
是の人は、三毒に悩まされじ。
亦嫉妬、我慢、邪慢、増上慢に悩されじ。
是の人は、少欲知足にして、能く普賢の行を修せん。
普賢、若し如来の滅後、後の五百歳に若し人あって、法華経を受持し、読誦せん者を見ては、
応に是の念を作すべし。
此の人は久しからずして、当に道場に詣して、
諸の魔衆を破し、阿耨多羅三藐三菩提を得、法輪を転じ、 法の鼓を撃ち、法の螺を吹き、法の雨を雨すべし。
当に天人大衆の中の、師子の法座の上に坐すべし。
普賢、若し後の世に於いて、是の経典を受持し、読誦せん者は、
是の人復、衣服、臥具、飲食、資生の物に貪著せじ、所願虚しからじ。
亦現世に於いて、其の福報を得ん。
若し人有って、之を軽毀して言わん、
汝は狂人ならくのみ。空しく是の行を作して、終に獲る所無けんと。
是の如き罪報は、当に世世に眼無かるべし。
若し之を供養し、讃歎すること有らん者は、
当に今世に於いて、現の果報を得べし。
若し復是の経典を受持せん者を見て、其の過悪を出さん。
若しは実にもあれ、若しは不実にもあれ、此の人は現世に白癩の病を得ん。
若し之を軽笑すること有らん者は、
当に世世に、牙歯疎欠(げしそけつ)、醜脣平鼻(しゅうしんびょうび)、
手脚繚戻(しゅきゃく・りょうらい)し、眼目角睞(げんもく・らくらい)に、
身体臭穢(しゅうえ)にして、悪瘡膿血、水腹短気、諸の悪重病あるべし。
是の故に普賢、若し是の経典を受持せん者を見ては、
当に起って遠く迎うべきこと、当に仏を敬うが如くすべし。

是の普賢勧発品を説きたもう時、恒河沙等の無量無辺の菩薩百千万億旋陀羅尼を得、
三千大千世界微塵等の諸の菩薩、普賢の道を具しぬ。

仏是の経を説きたもう時、普賢等の諸の菩薩、舎利弗等の諸の声聞、
及び諸の天、龍、人非人等の
一切の大会皆大いに歓喜し、仏語を受持して礼を作して去りにき。


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