最下欄に、妙法蓮華経の漢訳の横に、訓訳を表示しました。
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爾時舍利弗踊躍歓喜。
即起合掌。瞻仰尊顏。而白仏言。
今從世尊聞此法音。心懐勇躍得未曾有。
所以者何。我昔從仏聞如是法。
見諸菩薩授記作仏。而我等不可豫斯事。
甚自感傷。失於如来無量知見。
世尊。我常獨処山林樹下。若坐若行。毎作是念。
我等同入法性。云何如来以小乘法而見濟度。
是我等咎非世尊也。所以者何。
若我等待説所因成就阿耨多羅三藐三菩提者。
必以大乘而得度脱。
然我等不解方便随宜所説。初聞仏法遇便信受思惟取證。
世尊。我從昔来終日竟夜毎自剋責。
而今從仏聞所未聞未曾有法。
断諸疑悔。身意泰然。快得安穏。
今日乃知眞是仏子。從仏口生從法化生。得仏法分。
爾時舍利弗。欲重宣此義。而説偈言。
我聞是法音。得所未曾有。
心懐大歓喜。疑網皆已除。
昔来蒙仏教。不失於大乘。
仏音甚希有。能除衆生悩。
我已得漏尽。聞亦除憂悩。
我処於山谷。或在樹林下。
若坐若経行。常思惟是事。
嗚呼深自責。云何而自欺。
我等亦仏子。同入無漏法。不能於未来。演説無上道。
金色三十二。十力諸解脱。同共一法中。而不得此事。
八十種妙好。十八不共法。如是等功徳。而我皆已失。
我獨経行時。見仏在大衆。
名聞満十方。広饒益衆生。
自惟失此利。我為自欺誑。
我常於日夜。毎思惟是事。
欲以問世尊。為失為不失。
我常見世尊。稱讃諸菩薩。
以是於日夜。籌量如此事。
今聞仏音聲。随宜而説法。
無漏難思議。令衆至道場。
我本著邪見。為諸梵志師。
世尊知我心。拔邪説涅槃。
我悉除邪見。於空法得證。
爾時心自謂。得至於滅度。
而今乃自覺。非是實滅度。
若得作仏時。具三十二相。
天人夜叉衆。龍神等恭敬。
是時乃可謂。永尽滅無余。
仏於大衆中。
説我当作仏。聞如是法音。疑悔悉已除。
初聞仏所説。心中大驚疑。
將非魔作仏。悩亂我心耶。
仏以種種縁。譬喩巧言説。
其心安如海。我聞疑網断。
仏説過去世。無量滅度仏。安住方便中。亦皆説是法。
現在未来仏。其数無有量。
亦以諸方便。演説如是法。
如今者世尊。從生及出家。
得道轉法輪。亦以方便説。
世尊説實道。波旬無此事。
以是我定知。非是魔作仏。
我墮疑網故。謂是魔所為。
聞仏柔軟音。深遠甚微妙。演暢清浄法。我心大歓喜。
疑悔永已尽。安住實智中。
我定当作仏。為天人所敬。
轉無上法輪。教化諸菩薩。
爾時仏告舍利弗。
吾今於天人沙門婆羅門等大衆中説。
我昔曾於二万億仏所。
為無上道故常教化汝。
汝亦長夜随我受學。
我以方便引導汝故生我法中。
舍利弗。我昔教汝志願仏道。
汝今悉忘。而便自謂已得滅度。
我今還欲令汝憶念本願所行道故。
為諸聲聞説是大乘経。名妙法蓮華教菩薩法仏所護念。
舍利弗。汝於未来世過無量無辺不可思議劫。供養若干千万億仏。奉持正法。具足菩薩所行之道。
当得作仏。
號曰華光如来応供正遍知明行足善逝
世間解無上士調御丈夫天人師仏世尊。国名離垢。
其土平正清浄厳飾。安穏豐楽天人熾盛。
琉璃為地有八交道。黄金為繩
以界其側。其傍各有七宝行樹。常有華菓。
華光如来亦以三乘教化衆生。
舍利弗。彼仏出時雖非悪世。以本願故説三乘法。
其劫名大宝荘厳。何故名曰大宝荘厳。
其国中以菩薩為大宝故。
彼諸菩薩無量無辺不可思議。算数譬喩所不能及。
非仏智力無能知者。若欲行時宝華承足。
此諸菩薩非初発意。
皆久殖徳本。於無量百千万億仏所浄修梵行。恆為諸仏之所稱歎。
常修仏慧具大神通。善知一切諸法之門。質直無僞志念堅固。
如是菩薩充満其国。
舍利弗。華光仏寿十二小劫。除為王子未作仏時。
其国人民寿八小劫。
華光如来過十二小劫。授堅満菩薩阿耨多羅三藐三菩提記。告諸比丘。
是堅満菩薩次当作仏。
號曰華足安行多陀阿伽度阿羅訶三藐三仏陀。
其仏国土亦復如是。
舍利弗。是華光仏滅度之後。正法住世三十二小劫。
像法住世亦三十二小劫。
爾時世尊。欲重宣此義。而説偈言。
舍利弗来世。成仏普智尊。
號名曰華光。当度無量衆。供養無数仏。具足菩薩行。
十力等功徳。證於無上道。
過無量劫已。劫名大宝厳。
世界名離垢。清浄無瑕穢。
以琉璃為地。金繩界其道。
七宝雜色樹。常有華菓實。
彼国諸菩薩。志念常堅固。
神通波羅蜜。皆已悉具足。
於無数仏所。善學菩薩道。
如是等大士。華光仏所化。
仏為王子時。棄国捨世榮。
於最末後身。出家成仏道。
華光仏住世。寿十二小劫。
其国人民衆。寿命八小劫。
仏滅度之後。正法住於世。
三十二小劫。広度諸衆生。
正法滅尽已。像法三十二。
舍利広流布。天人普供養。
華光仏所為。其事皆如是。
其兩足聖尊。最勝無倫匹。
彼即是汝身。宜応自欣慶。
爾時四部衆。比丘比丘尼。
優婆塞。優婆夷。天。龍。夜叉。乾闥婆。阿修羅。迦樓羅。
緊那羅。摩睺羅伽等大衆。
見舍利弗於仏前受阿耨多羅三藐三菩提記。
心大歓喜踊躍無量。
各各脱身所著上衣。以供養仏。
釈提桓因梵天王等。與無数天子。
亦以天妙衣天曼陀羅華摩訶曼陀羅華等。供養於仏。
所散天衣住虚空中。而自迴轉。
諸天伎楽百千万種。於虚空中一時倶作。
雨衆天華。而作是言。
仏昔於波羅初轉法輪。
今乃復轉無上最大法輪。
爾時諸天子。欲重宣此義。而説偈言。
昔於波羅奈。轉四諦法輪。
分別説諸法。五衆之生滅。
今復轉最妙。無上大法輪。
是法甚深奧。少有能信者。
我等從昔来。数聞世尊説。
未曾聞如是。深妙之上法。
世尊説是法。我等皆随喜。
大智舍利弗。今得受尊記。
我等亦如是。必当得作仏。
於一切世間。最尊無有上。
仏道叵思議。方便随宜説。
我所有福業。今世若過世。
及見仏功徳。尽迴向仏道。
爾時舍利弗白仏言。
世尊。我今無復疑悔。
親於仏前得受阿耨多羅三藐三菩提記。
是諸千二百心自在者。昔住學地。仏常教化言。
我法能離生老病死究竟涅槃。
是學無學人。亦各自以離我見及有無見等。謂得涅槃。
而今於世尊前。聞所未聞皆墮疑惑。
善哉世尊。願為四衆説其因縁令離疑悔。
爾時仏告舍利弗。
我先不言諸仏世尊。以種種因縁譬喩言辭
方便説法。皆為阿耨多羅三藐三菩提耶。
是諸所説皆為化菩薩故。
然舍利弗。今当復以譬喩更明此義。
諸有智者。以譬喩得解。
舍利弗。若国邑聚落有大長者。
其年衰邁財富無量。多有田宅及諸僮僕。
其家広大。唯有一門。
多諸人衆。一百二百乃至五百人。止住其中。
堂閣朽故牆壁頽落。
柱根腐敗梁棟傾危。周匝倶時然火起焚焼舍宅。
長者諸子。若十二十或至三十。在此宅中。
長者見是大火從四面起。即大驚怖。而作是念。
我雖能於此所焼之門安穏得出。
而諸子等。於火宅内楽著嬉戲。不覺不知不驚不怖。
火来逼身苦痛切己。心不厭患無求出意。
舍利弗。是長者作是思惟。
我身手有力。当以衣。
若以机案。從舍出之。
復更思惟。是舍唯有一門。
而復狹小。諸子幼稚未有所識。恋著戲処。
或当墮落為火所焼。
我当為説怖畏之事。
此舍已焼宜時疾出。無令為火之所焼害。
作是念已。如所思惟。具告諸子。
汝等速出。
父雖憐愍善言誘喩。
而諸子等。楽著嬉戲不肯信受。不驚不畏了無出心。
亦復不知何者是火何者為舍。云何為失。
但東西走戲視父而已。
爾時長者即作是念。
此舍已為大火所焼。
我及諸子。若不時出。必為所焚。
我今当設方便。令諸子等得免斯害。
父知諸子先心各有所好。種種珍玩
奇異之物情必楽著。而告之言。
汝等所可玩好希有難得。
汝若不取後必憂悔。
如此種種羊車鹿車牛車今在門外。
可以遊戲。汝等於此火宅宜速出来。
随汝所欲皆当與汝。
爾時諸子聞父所説。珍玩之物
適其願故。心各勇鋭
互相推排。競共馳走爭出火宅。
是時長者。見諸子等安穏得出。
皆於四衢道中露地而坐。無復障礙。
其心泰然歓喜踊躍。時諸子等。各白父言。
父先所許玩好之具。羊車鹿車牛車願時賜與。
舍利弗。爾時長者。各賜諸子等一大車。
其車高広衆宝荘校。周匝欄楯
四面懸鈴。又於其上張設蓋。
亦以珍奇雜宝而厳飾之。
宝繩絞絡垂諸華纓。重敷苑綖。安置丹枕。駕以白牛。
膚色充潔形體好。有大筋力。
行歩平正。其疾如風。又多僕從而侍衞之。
所以者何。是大長者。財富無量。種種諸藏悉皆充溢。而作是念。
我財物無極。不応以下劣小車與諸子等。
今此幼童皆是吾子。愛無偏黨。
我有如是七宝大車。其数無量。
応当等心各各與之。不宜差別。
所以者何。以我此物周給一国。猶尚不匱。
何況諸子。是時諸子。各乘大車得未曾有。非本所望。
舍利弗。於汝意云何。
是長者等與諸子珍宝大車。寧有虚妄不。
舍利弗言。不也世尊。
是長者。但令諸子得免火難。全其躯命非為虚妄。
何以故。若全身命。便為已得玩好之具。
況復方便於彼火宅而拔濟之。
世尊。若是長者。乃至不與最小一車。猶不虚妄。
何以故。是長者先作是意。
我以方便令子得出。
以是因縁無虚妄也。
何況長者。自知財富無量。欲饒益諸子等與大車。
仏告舍利弗。
善哉善哉。如汝所言。
舍利弗。如来亦復如是。則為一切世間之父。
於諸怖畏衰悩憂患無明闇蔽。永尽無余。
而悉成就無量如見力無所畏。有大神力及智慧力。具足方便智慧波羅蜜。
大慈大悲常無懈惓。恆求善事利益一切。
而生三界朽故火宅。為度衆生生老病死憂悲苦悩愚癡闇蔽三毒之火。
教化令得阿耨多羅三藐三菩提。
見諸衆生為生老病死憂悲苦悩之所焼煮。
亦以五欲財利故受種種苦。
又以貪著追求故現受衆苦。後受地獄畜生餓鬼之苦。
若生天上及在人間。貧窮困苦愛別離苦怨憎會苦。
如是等種種諸苦。
衆生没在其中。歓喜遊戲。不覺不知不驚不怖。亦不生厭不求解脱。
於此三界火宅東西馳走。雖遭大苦不以為患。
舍利弗。仏見此已便作是念。
我為衆生之父。
応拔其苦難。與無量無辺仏智慧楽。令其遊戲。
舍利弗。如来復作是念。
若我但以神力及智慧力。捨於方便。為諸衆生。
讃如来知見力無所畏者。衆生不能以是得度。
所以者何。是諸衆生。未免生老病死憂悲苦悩。
而為三界火宅所焼。何由能解仏之智慧。
舍利弗。如彼長者。雖復身手有力而不用之。
但以殷勤方便。勉濟諸子火宅之難。
然後各與珍宝大車。如来亦復如是。雖有力無所畏。而不用之。
但以智慧方便。於三界火宅拔濟衆生。
為説三乘聲聞辟支仏仏乘。而作是言。
汝等莫得楽住三界火宅。勿貪麁弊色聲香味觸也。
若貪著生愛則為所焼。
汝速出三界。当得三乘聲聞辟支仏仏乘。
我今為汝保任此事。終不虚也。
汝等但当勤修精進。
如来以是方便誘進衆生。復作是言。
汝等当知。此三乘法皆是聖所稱歎。
自在無繋無所依求。
乘是三乘。以無漏根力覺道禪定解脱三昧等。而自娯楽。
便得無量安穏快楽。
舍利弗。若有衆生。内有智性。
從仏世尊聞法信受。慇懃精進欲速出三界。自求涅槃。
是名聲聞乘。如彼諸子為求羊車出於火宅。
若有衆生。從仏世尊聞法信受。
慇懃精進求自然慧。楽獨善寂深知諸法因縁。
是名辟支仏乘。如彼諸子為求鹿車出於火宅。
若有衆生。從仏世尊聞法信受。
勤修精進。求一切智仏智自然智無師智如来知見力無所畏。
愍念安楽無量衆生。利益天人度脱一切。
是名大乘。
菩薩求此乘故名為摩訶薩。
如彼諸子為求牛車出於火宅。
舍利弗。如彼長者見諸子等安穏得出火宅
到無畏処。自惟財富無量
等以大車而賜諸子。如来亦復如是。
為一切衆生之父。
若見無量億千衆生以仏教門
出三界苦怖畏險道得涅槃楽。
如来爾時便作是念。
我有無量無辺智慧力無畏等諸仏法藏。
是諸衆生皆是我子。等與大乘。不令有人獨得滅度。
皆以如来滅度而滅度之。
是諸衆生脱三界者。
悉與諸仏禪定解脱等娯楽之具。
皆是一相一種聖所稱歎。
能生浄妙第一之楽。
舍利弗。如彼長者初以三車誘引諸子。
然後但與大車宝物荘厳安穏第一。
然彼長者。無虚妄之咎。
如来亦復如是。無有虚妄。
初説三乘引導衆生。
然後但以大乘而度脱之。
何以故。如来有無量智慧力無所畏
諸法之藏。能與一切衆生大乘之法。
但不尽能受。舍利弗。
以是因縁。当知諸仏方便力故。於一仏乘分別説三。
爾の時に舎利弗、踊躍歓喜(ゆやっかんぎ)して、
即ち起ちて合掌し、尊顔を瞻仰(せんごう)して仏に白(もう)して言(もう)さく、
今世尊に従いたてまつりて、此の法音を聞いて心に踊躍(ゆやく)を懐き、未曾有なるを得たり。
所以は何ん。我昔、仏に従いたてまつりて是の如き法を聞き、
諸の菩薩の受記作仏を見しかども、而も我等は斯の事に預らず。
甚だ自ら、如来無量の知見を失えることを感傷しき。
世尊、我常に独(ひとり)山林樹下に処して、若しは坐し若しは行じて、毎に是の念を作しき。
我等も同じく法性に入れり。云何ぞ如来、小乗の法を以って済度せらるると。
是れ我等が咎(とが)なり。世尊には非ず。所以は何ん。
若し我等、所因の阿耨多羅三藐三菩提(あのくたらさんみゃくさんぼだい)を成就することを説きたもうを待たば、
必ず大乗を以って度脱せらるることを得ん。
然るに我等、方便随宜の所説を解せずして初め仏法を聞いて、遇(たまたま)便ち信受し、思惟して証を取れり。
世尊、我昔より来(このかた)、終日竟夜(ひねもす・よもすがら)、毎に自ら剋責(こくしゃく)しき。
而るに今、仏に従いたてまつりて、未だ聞かざる所の未曾有の法を聞いて、
諸の疑悔を断じ、身意泰然として、快く安隠なることを得たり。
今日乃ち知んぬ。真に是れ仏子なり。仏の口より生じ、法化より生じて、仏法の分を得たり。
爾の時に舎利弗、重ねて此の義を宣べんと欲して、偈を説いて言さく、
我是の法音を聞いて、未曾有なる所を得て、
心に大歓喜を懐き、疑網皆已に除こりぬ、
昔より来仏教を蒙って、大乗を失わず
仏の音は甚だ希有にして、能く衆生の悩みを除きたもう、
我已に漏尽を得れども、聞きて亦憂悩(うのう)を除く
我山谷に処し、或は林樹の下に在って、
若しは坐し若しは経行して、常に是の事を思惟し、
鳴呼(うこ)して深く自ら責めき、云何ぞ而も自ら欺ける、
我等も亦仏子にして、同じく無漏の法に入れども、未来に無上道を演説すること能わず
金色三十二、十力諸の解脱、同じく共に一法の中にして、此の事を得ず、
八十種の妙好、十八不共の法、是の如き等の功徳、而も我皆已に失えり
我独り経行せし時、仏大衆に在まして、
名聞十方に満ち、広く衆生を饒益(にょうやく)したもうを見て、
自ら惟(おも)わく此の利を失えり、我為れ自ら欺誑(ごおう)せりと
我常に日夜に於いて、毎に是の事を思惟して、
以って世尊に問いたてまつらんと欲す、為めて失えりや為(さだ)めて失わずや
我常に世尊を見たてまつるに、諸の菩薩を称讃したもう、
是を以って日夜に、是の如き事を籌量(ちゅうりょう)しき
今仏の音声を聞きたてまつるに、宜しきに随って法を説きたまえり、
無漏は思議し難し、衆をして道場に至らしむ
我本邪見に著して、諸の梵志の師と為りき、
世尊我が心を知しめして、邪を抜き涅槃を説きたまいしかば、
我悉く邪見を除いて、空法に於いて証を得たり、
爾の時に心自ら謂いき、滅度に至ることを得たりと
而るに今乃ち自ら覚りぬ、是れ実の滅度に非ず、
若し作仏することを得ん時は、三十二相を具し、
天人夜叉衆、龍神等恭敬せん、
是の時乃ち謂うべし、永く尽滅して余無しと
仏大衆の中に於いて、
我当に作仏すべしと説きたもう、是の如き法音を聞きたてまつりて、疑悔悉く已に除こりぬ
初め仏の所説を聞いて、心中大いに驚疑しき、
將に魔の仏と作って、我が心を脳乱するに非ずや
仏種種の縁、譬喩を以って巧みに言説したもう、
其の心安きこと海の如し、我聞きて疑網断じぬ
仏説きたまわく過去世の、無量の滅度の仏も、方便の中に安住して、亦皆是の法を説きたまえり、
現在未来の仏、其の数量有ること無きも、
亦諸の方便を以って、是の如き法を演説したもう
今者(いま)の世尊の如きも、生じたまいしより及び出家し、
得道し法輪を転じたもうまで、亦方便を以って説きたもう
世尊は実道を説きたもう、波旬は此の事無し、
是を以って我定めて知りぬ、是れ魔の仏と作るには非ず
我疑網に堕するが故に、是れ魔の所為と謂えり
仏の柔輭(にゅうなん)の音、深遠に甚だ微妙にして、清浄の法を演暢(えんちょう)したもうを聞きて、我が心大いに歓喜し、
疑悔永く已に尽き、実智の中に安住す
我定めて当に作仏して、天人に敬わるることを為、
無上の法輪を転じて、諸の菩薩を教化すべし
爾の時に仏、舎利弗に告げたまわく、
吾れ今、天、人、沙門、婆羅門等の大衆の中に於いて説く。
我昔曾て二万億の仏の所に於いて、
無上道の為の故に、常に汝を教化す。
汝亦、長夜に我に随って受学しき。
我方便を以って、汝を引導せしが故に、我が法の中に生ぜり。
舍利弗、我昔、汝をして仏道を志願せしめき。
汝今悉く忘れて、便ち自ら已に滅度を得たりと謂(おも)えり。
我今還って、汝をして、本願所行の道を憶念せしめんと欲するが故に、
諸の声聞の為に、是の大乗経の妙法蓮華、教菩薩法、仏所護念と名づくるを説く。
舍利弗、汝未来世に於いて、無量無辺不可思議劫を過ぎて、若干千万億の仏を供養し、正法を奉持し、菩薩所行の道を具足して、
当に作仏することを得べし。
號を華光如来、応供、正徧知、明行足、善逝、
世間解、無上士、調御丈夫、天人師、仏、世尊と曰い、国を離垢と名づけん。
其の土平正にして清浄厳飾に安穏豊楽にして、天人熾盛(しじょう)ならん。
琉璃(るり)を地と為して八つの交道有り、黄金を繩と為して、
以って其の側を界い、其の傍に各七宝の行樹有って、常に華果有らん。
華光如来、亦三乗を以って衆生を教化せん。
舍利弗、彼の仏出でたまわん時は、悪世に非ずと雖も本願を以っての故に、三乗の法を説かん。
其の劫を大宝荘厳と名づけん。何が故に、名づけて大宝荘厳と曰う。
其の国の中には、菩薩を以って大宝と為す故なり。
彼の諸の菩薩、無量無辺不可思議にして、算数譬喩(さんじゅひゆ)も及ぶこと能わざる所ならん。
仏の智力に非ずんば、能く知る者無けん。若し行かんと欲する時は、宝華足を承く。
此の諸の菩薩は、初めて意を発せるに非ず。
皆久しく徳本を植えて、無量百千万億の仏の所に於いて、浄く梵行を修し、恒に諸仏に称歎せらるることを為、
常に仏慧を修し、大神通を具し、善く一切諸法の門を知り、質直無偽にして、志念堅固ならん。
是の如き菩薩、其の国に充満せん。
舍利弗、華光仏は寿十二小劫ならん。王子と為て、未だ作仏せざる時を除く。
其の国の人民は、寿八小劫ならん。
華光如来十二小劫を過ぎて、堅満菩薩に阿耨多羅三藐三菩提の記を授け、諸の比丘に告げん。
是の堅満菩薩、次に当に作仏すべし、
號を華足安行、多陀阿伽度(ただあかど)、阿羅訶(あらか)、三藐(さんみゃく)三仏陀と曰わん。
其の仏の国土も亦復是の如くならんと。
舍利弗、是の華光仏の滅度の後、正法世に住すること三十二小劫、
像法世に住すること亦三十二小劫ならん。
爾の時に世尊、重ねて此の義を宣べんと欲して、偈を説いて言わく、
舍利弗来世に、仏普智尊と成って、
號を名づけて華光と曰わん、当に無量の衆を度すべし、無数の仏を供養し、菩薩の行、
十力等の功徳を具足して、無上道を証せん
無量劫を過ぎ已って、劫をば大宝厳と名づけ
世界を離垢と名づけん、清浄にして瑕穢(けえ)無く、
琉璃を以って地と為し、金繩其の道を界い、
七宝雑色の樹に、常に華果実有らん
彼の国の諸の菩薩は、志念常に堅固にして、
神通波羅蜜、皆已に悉く具足し、
無数の仏の所に於いて、善く菩薩の道を学せん
是の如き等の大士、華光仏の所化ならん
仏王子為らん時、国を棄て世の栄を捨てて、
最末後の身に於いて、出家して仏道を成ぜん
華光仏世に住する、寿十二小劫、
其の国の人民衆は、寿命八小劫ならん
仏の滅度の後、正法世に住すること、
三十二小劫、広く諸の衆生を度せん、
正法滅尽し已って、像法三十二ならん
舍利広く流布して、天人普く供養せん
華光仏の所為、其の事皆是の如し、
其の両足聖尊、最勝して倫匹(りんぴつ)無けん、
彼即ち是れ汝が身なり、宜しく応に自ら欣慶(ごんきょう)すべし
爾の時に四部の衆、比丘、比丘尼、
優婆塞、優婆夷、天、龍、夜叉、乾闥婆、阿修羅、迦楼羅、
緊那羅、摩睺羅迦等の大衆、
舍利弗の仏前に於いて、阿耨多羅三藐三菩提の記を受くるを見て、
心大いに歓喜し、踊躍すること無量なり。
各各に、身に著けたる所の上衣を脱ぎて、以って仏に供養す。
釈提桓因(しゃくだいかんにん)、梵天王等、無数の天子と、
亦天の妙衣、天の曼陀羅華、摩訶曼陀羅華等を以って仏に供養す。
所散の天衣、虚空の中に住して自ら回転す。
諸天の伎楽百千万種、虚空の中に於いて一時に倶に作し、
衆の天華を雨らし是の言を作さく、
仏昔、波羅奈(はらない)に於いて、初めて法輪を転じ、
今乃ち復、無上最大の法輪を転じたもう。
爾の時に諸の天子、重ねて此の義を宣べんと欲して、偈を説いて言さく、
昔波羅奈(はらない)に於いて、四諦の法輪を転じ、
分別して諸法、五衆の生滅を説き、
今復最妙、無上の大法輪を転じたもう、
是の法は甚だ深奥にして、能く信ずる者有ること少し
我等昔より来(このか)た、数(しばしば)世尊の説を聞きたてまつるに、
未だ曾て是の如き、深妙の上法を聞かず、
世尊是の法を説きたもうに、我等皆随喜す
大智舎利弗、今尊記を受くることを得たり、
我等亦是の如く、必ず当に作仏して、
一切世間に於いて、最尊にして上有ること無きことを得べし
仏道は思議し叵(がた)し、方便して宜しきに随って説きたもう、
我が所有の福業、今世若しは過世、
及び見仏の功徳、悉く仏道に回向す
爾の時に舎利弗、仏に白して言さく、
世尊我今復疑悔無し。
親(まのあた)り仏前に於いて、阿耨多羅三藐三菩提の記を受くることを得たり。
是の諸の千二百の心自在なる者、昔学地に住せしに、仏常に教化して言わく、
我が法は、能く生老病死を離れて、涅槃を究竟すと。
是れ学無学の人、亦各自ら我見、及び有無の見等を離れたるを以って、涅槃を得たりと謂えり。
而るに今、世尊の前に於いて、未だ聞かざる所を聞いて、皆疑惑に堕せり。
善い哉世尊、願わくは四衆の為に、其の因縁を説いて、疑悔を離れしめたまえ。
爾の時に仏、舎利弗に告げたまわく、
我先に諸仏世尊の種種の因縁、譬喩言辞を以って、
方便して法を説きたもうは、皆、阿耨多羅三藐三菩提の為なりと言わずや。
是の諸の所説は、皆、菩薩を化せんが為の故なり。
然も舎利弗、今当に復譬喩を以って、更に此の義を明かすべし。
諸の智有らん者、譬喩を以って解することを得ん。
舍利弗、若し国邑聚落(こくおうじゅらく)に大長者有らん。
其の年衰邁して財富無量なり。多く田宅及び諸の僮僕有り。
其の家広大にして、唯一門有り。
諸の人衆多くして、一百二百、乃至五百人、其の中に止住せり。
堂閣朽ち故り、牆壁頽(じょうびゃく・くず)れ落ち、
柱根腐(く)ち敗れ、梁棟傾き危し。周帀(しゅそう)して倶時に、歘然(こつ)に火起って舎宅を焚焼す。
長者の諸子、若しは十、二十、或は三十に至るまで、此の宅の中に在り。
長者是の大火の四面より起るをみ見て、即ち大いに驚怖して、是の念を作さく、
我能く此の所焼の門より、安穏に出ずることを得たりと雖も、
而も諸子等、火宅の内に於いて嬉戯(きげ)に楽著(ぎょうじゃく)して、覚らず、知らず、驚かず、怖じず。
火来って身を逼(せ)め、苦痛己れを切(せ)むれども、心厭患(えんげん)せず。出でんと求むる意無し。
舍利弗、是の長者、是の思惟を作さく、
我身手に力有り。当に衣裓(えこく)を以ってや、
若しは几案(きあん)を以ってや、舎より之を出すべき。
復更に思惟すらく、是の舎は唯一門あり。
而も復狭小なり。諸子幼稚にして未だ識る所有らず。戯処に恋著せり。
或は当に堕落して火に焼かるべし。
我当に為に怖畏(ふい)の事を説くべし。
此の舎已に焼く。宜しく時に疾く出でて、火に焼害せられしむること無かるべし。
是の念を作し已って、思惟する所の如く、具に諸子に告ぐ、
汝等速かに出でよと。
父憐愍(れんみん)して、善言をもって誘諭すと雖も、
而も諸子等、嬉戯に楽著し、肯て信受せず、驚かず、畏れず。了(つい)に出ずる心無し。
亦復、何者か是れ火、何者か為れ舎、云何なるかを失うと為すを知らず。
但東西に走り戯れて、父を視て已みぬ。
爾の時に長者、即ち是の念を作さく、
此の舎已に大火に焼かる。
我及び諸子、若し時に出でずんば必ず焚(や)かれん。
我今当に方便を設けて、諸子等をして、斯の害を免るることを得せしむべし。
父、諸子の先心に、各好む所有る種種の珍玩(ちんがん)、
奇異の物は、情(こころ)必ず楽著(ぎょうじゃく)せんと知って、之を告げて言わく、
汝等が玩好する所は希有にして得難し。
汝若し取らずんば後に必ず憂悔(うけ)せん。
此の如き種種の羊車、鹿車、牛車、今門外に在り。
以って遊戯すべし。汝等此の火宅より、宜しく速かに出で来るべし。
汝が所欲に随って、皆当に汝に与うべし。
爾の時に諸子、父の所説の珍玩の物を聞くに、
其の願いに適えるが故に、心各勇鋭して、
互いに相推排(あい・すいはい)し、競うて共に馳走し、争って火宅を出ず。
是の時に長者、諸子等の安穏に出ずることを得て、
皆四衢道(しくどう)の中の露地に於いて、坐して復障礙(しょうげ)無く、
其の心泰然として歓喜踊躍するを見る。時に諸子等、各父に白して言さく、
父、先に許す所の玩好の具の、羊車、鹿車、牛車、願わくば時に賜与したまえ。
舍利弗、爾の時に長者、各諸子に等一の大車を賜う。
其の車、高広にして衆宝荘校し、周帀(しゅうそう)して欄楯(らんじゅん)あり。
四面に鈴を懸け、又其上に於いて幰蓋(けんがい)を張り設け、
亦珍奇の雑宝を以って之れを厳飾(ごんじき)し、
宝繩絞絡(ほうじょう・きょうらく)して、諸の華纓(けよう)を垂れ、苑綖(おんねん)を重ね敷き、丹枕(たんちん)を安置して、駕するに白牛を以ってす。
膚色充潔に、形体姝好にして大筋力有り。
行歩平正にして、其の疾きこと風の如し。又、僕従多く之を侍衛(じえい)せり。
所以は何ん。是の大長者、財富無量にして、種種の庫蔵悉く皆充溢せり。而も是の念を作さく、
我が財物極り無し。応に下劣の小車を以って諸子等に与うべからず。
今此の幼童は、皆是れ吾が子なり。愛するに偏党無し。
我、是の如き七宝の大車有り。其の数無量なり。
応当に等心にして、各各に之を与うべし。宜しく差別すべからず。
所以は何ん。我が此の物を以って、周(あまね)く一国に給うとも、猶尚匱(なお・とぼ)しからじ。
何に況や諸子をや。是の時に諸子、各大車に乗って、未曾有なることを得るは、本の所望に非ざるが若し。
舍利弗、汝が意に於いて云何。
是の長者、等しく諸子に珍宝の大車を与うること、寧ろ虚妄(こもう)有りや否や。
舍利弗の言さく、不なり、世尊。
是の長者、但諸子をして火難を免れ、其の躯命(くみょう)を全うすることを得せしむとも、為れ虚妄に非ず。
何を以っての故に。若し身命を全うすれば、便ち為れ已に玩好の具を得たるなり。
況や復、方便して、彼の火宅於(よ)り、而も之を抜済(ばっさい)せるをや。
世尊、若し是の長者、乃至最小の一車を与えざるとも、猶虚妄ならじ。
何を以っての故に。是の長者先に是の意を作さく、
我、方便を以って、子をして出ずることを得せしめんと。
是の因縁を以って虚妄無し。
何に況や長者、自ら財富無量なりと知って、諸子を饒益せんと欲して、等しく大車を与うるをや。
仏、舎利弗に告げたまわく、
善い哉善い哉、汝が所言の如し。
舍利弗、如来も亦復是の如し。則ち為れ一切世間の父なり。
諸の怖畏、衰悩、憂患(うげん)、無明、暗蔽(あんぺい)に於いて、永く尽くして余(あまり)無し。
而も悉く無量の知見、力、無所畏を成就し、大神力及び智慧力有って、方便智慧波羅蜜を具足す。
大慈大悲常に懈倦(けげん)無く、恒に善事を求めて一切を利益す。
而も三界の朽ち故りたる火宅に生ずること、衆生の生老病死、憂悲苦悩、愚癡暗蔽、三毒の火を度して、
教化して阿耨多羅三藐三菩提を得せしめんが為なり。
諸の衆生を見るに、生老病死、憂悲苦悩に焼煮(しょうしゃ)せらる。
亦、五欲財利を以っての故に、種種の苦を受く。
又、貪著し追求するを以っての故に、現には衆苦を受け、後には地獄、畜生、餓鬼の苦を受く。
若しは天上に生れ、及び人間に在っては、貧窮困苦、愛別離苦、怨憎会苦(おんぞうえく)、
是の如き等の種種の諸苦あり。
衆生其の中に没在して歓喜し遊戯して、覚えず、知らず、驚かず、怖ず。亦、厭うことを生さず、解脱を求めず。
此の三界の火宅に於いて、東西に馳走して大苦に遇うと雖も、以って患(うれい)と為さず。
舍利弗、仏此れを見已って、便ち是の念を作さく、
我は為れ衆生の父なり。
応に其の苦難を抜き、無量無辺の仏智慧の楽を与え、其れをして遊戯せしむべし。
舍利弗、如来復是の念を作さく、
若し我、但神力及び智慧力を以って、方便を捨てて諸の衆生の為に、
如来の知見、力、無所畏を讃めば、衆生是れを以って得度すること能わじ。
所以は何ん。是の諸の衆生、未だ生老病死、憂悲苦悩を免れずして、
而も三界の火宅に焼かる。何に由ってか能く仏の智慧を解せん。
舍利弗、彼の長者の復身手に力有りと雖も、而も之を用いず。
但慇懃(おんごん)の方便を以って、諸子の火宅の難を勉済して、
然して後に、各珍宝の大車を与うるが如く、如来も亦復是の如し。力、無所畏(むしょい)有りと雖も、而も之を用いず。
但智慧方便を以って、三界の火宅於り、衆生を抜済せんとして、
為に三乗の声聞、辟支仏(びゃくしぶつ)、仏乗を説く。而も是の言を作さく、
汝等楽(ねが)って、三界の火宅に住することを得ること莫れ。麤弊(そべい)の色声香味触を貪ること勿れ。
若し貪著して愛を生ぜば、則ちこれ焼かれなん。
汝等速かに三界を出でて、当に三乗の声聞、辟支仏、仏乗を得べし。
我今汝が為に此の事を保任す。終に虚しからじ。
汝等、但当に勤修精進すべし。
如来、是の方便を以って衆生を誘進す。復是の言を作さく、
汝等当に知るべし。此の三乗の法は、皆是れ聖の称歎したもう所なり。
自在無繋(むげい)にして、依求する所無し。
是の三乗に乗じて、無漏の根、力、覚、道、禅定、解脱、三昧等を以って、自ら娯楽して、
便ち無量の安穏快楽を得べし。
舍利弗、若し衆生有り、内に智性有って、
仏世尊に従いたてまつりて法を聞いて、信受し慇懃に精進して、速かに三界を出でんと欲して自ら涅槃を求む。
是れを声聞乗と名づく。彼の諸子の羊車を求むるを為って火宅を出ずるが如し。
若し衆生有り、仏世尊に従いたてまつりて法を聞いて信受し、
慇懃に精進して自然慧を求め、独り善寂を楽い、深く諸法の因縁を知る。
是れを辟支仏乗と名づく。彼の諸子の、鹿車を求むるを為って火宅を出ずるが如し。
若し衆生有り、仏世尊に従いたてまつりて法を聞いて信受し、
勤修精進して、一切智、仏智、自然智、無師智、如来の知見、力、無所畏を求め、
無量の衆生を愍念安楽し、天人を利益し、一切を度脱す。
是れを大乗と名づく。
菩薩此の乗を求むるが故に、名づけて摩訶薩(まかさつ)と為す。
彼の諸子の、牛車を求むるを為って火宅を出ずるが如し。
舍利弗、彼の長者の、諸子等の安穏に火宅を出ずることを得て、
無畏の処に到るを見て、自ら財富無量なることを惟いて、
等しく大車を以って諸子に賜えるが如し。如来も亦復是の如し。
為(こ)れ一切衆生の父なり。
若し無量億千の衆生の仏教の門を以って、
三界の苦、怖畏険道(ふいけんどう)を出でて、涅槃の楽を得るを見ては、
如来爾の時に、便ち是の念を作さく、
我無量無辺の智慧、力、無畏等の諸仏の法蔵有り。
是の諸の衆生は、皆是れ我が子なり。等しく大乗を与うべし。人として独り滅度を得ること有らしめじ。
皆如来の滅度を以って之を滅度せん。
是の諸の衆生の三界を脱れたる者には、
悉く諸仏の禅定、解脱等の娯楽の具を与う。
皆是れ一相一種にして、聖の称歎したもう所なり。
能く浄妙第一の楽を生ず。
舍利弗、彼の長者の、初め三車を以って諸子を誘引し、
然して後に、但大車の宝物をもって荘厳し、安穏第一なるを与うるに、
然も彼の長者虚妄(こもう)の咎(とが)無きが如く、
如来も亦復是の如し。虚妄有ること無し。
初め三乗を説いて衆生を引導し、
然して後に、但大乗を以って之を度脱す。
何を以っての故に、如来は無量の智慧、力、無所畏、
諸法の蔵有って能く一切衆生に大乗の法を与う。
但尽くして能く受けず、舎利弗、
此の因縁を以って当に知るべし。諸仏方便力の故に、一仏乗に於いて、分別して三と説きたもう。
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