徒然草

(0) (10) (20) (30) (40) (50) (60) (70) (80) (90) (100) (110) (120) (130) (140) (150) (160) (170) (180) (181) (182) (183) (184) (185) (186) (187) (188) (189) (190) (191) (192) (193) (194) (195) (196) (197) (198) (199) (200) (201) (202) (203) (204) (205) (206) (207) (208) (209) (210) (220) (230) (240) (241) (242) (243)

徒然草第百九十四段

達人の人を見る眼は(達人が人を見る目は)

少しもあやまる所あるべからず(少しも間違いが無いに違いない)

たとへば(たとえば) 或人(あるひと)の(ある人が) 世に虚言(そらごと)を(世間に嘘を)

かまへ出(いだ)して(作りだして) 人をはかる事あらんに(人を騙す事があった場合)

すなほにまことと思ひて(素直に本当と思って)

言ふままにはからるる人あり(言うままに騙される人がいる)

あまりに深く信をおこして(あまりに深く信じ込んで)

なほわづらはしく虚言を心得添ふる人あり(さらにやかましく嘘を自分の判断で付け加える人がいる)

又(又) 何としも思はで(何とも思わないで)

心をつけぬ人あり(注意しない人がいる)

又(又) いささか覚束なくおぼえて(少し不審に思って)

たのむにもあらず(信用するでもなく)

たのまずもあらで(信用しないでもなく)

案じゐたる人あり(考え込んでいる人がいる)

又(又) まことしくは覚えねども(本当らしいとは思えないが)

人のいふ事なれば(人の言う事なので)

さもあらんとて(そういうこともあるだろうといって) やみぬる人もあり(それ以上詮索するのを止める人がいる)

又(又) さまざまに推(すい)し心得たるよしして(さまざまに推量し心得た様子で)

賢(かしこ)げにうちうなづき(賢そうにうなづいて)

ほほゑみてゐたれど(微笑んでいるが) つやつや知らぬ人あり(まったくわかってない人がいる)

又(また) 推(すい)し出(いだ)して(推量した結果)

あはれ(ああ) さるめりと思ひながら(そうだなと思いながら)

なほ誤りもこそあれと怪しむ人あり。(やはり誤りもあるだろうと不審がる人がいる)

又(又) ことなるやうもなかりけりと(何ということも無かったのだなと)

手を打ちて笑ふ人あり(手を打って笑う人がいる)

又(又) 心得たれども(嘘であることは心得ているが)

知れりとも言はず(知っているとも言わず)

覚束なからぬは(自分がハッキリわかっていることについて) とかくの事なく(とやかく言わず)

知らぬ人とおなじやうにて過ぐる人あり(知らない人と同じように過ごす人がいる)

又(又) この虚言の本意(ほい)を(この嘘の意図を) はじめより心得て(はじめから心得ていて)

少しもあざむかず(少しも馬鹿にせず)

かまへ出(いだ)したる人と(嘘を言い始めた人と) おなじ心になりて(同じ心になって)

力をあはする人あり。(協力する人がいる)

愚者の中の戯(たわぶ)れだに(愚者の中の戯れ事でさえ)

知りたる人の前にては(物の道理を知っている人の前では)

このさまざまの得たる所(このさまざまの反応が) 詞(ことば)にても顔にても(言葉からも表情からも)

かくれなく知られぬべし(かくれなく知れるに違いない)

まして(まして) 明らかならん人の(道理に明るい人が)

まどへる我等(われら)を見んこと(迷っている我らを見ることは) 掌(たなごころ)の上の物を見んが如し(手の平の上の物を見るようなものだ)

但し(ただし) かやうの推しはかりにて(このような推し量りで)

仏法までをなずらへ(仏法までを同列に並べて) 言ふべきにはあらず。(言うべきではない)