徒然草

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徒然草第百三十八段

「祭過ぎぬれば(「葵祭が終われば) 後の葵不要なり」とて(後の葵はいらない」といって)

或人の(ある人が) 御簾なるを皆取らせられ侍りしが(御簾にかかっている葵を全部取らせなさったのが)

色もなく覚え侍りしを(情緒の無いことに思えましたのですが)

よき人のし給ふ事なれば(立派な人がなさる事であるので)

さるべきにやと思ひしかど(そのようなこともありかと思いましたが)

周防内侍が(周防内侍が) かくれどもかひなき物は(御簾にかけておいてもどうしようもないものは)

もろともにみすの葵の枯葉なりけり(恋人が離れて行って一緒に見ることができなくなった葵の枯葉だなあ)

と詠めるも(と詠んだのも)

母屋の御簾に葵のかかりたる枯葉を詠めるよし(母屋の御簾に葵のかかっている枯葉を詠んだいきさつが)

家の集に書けり(周防内侍の家集(個人歌集)に書いてある)

古き歌の詞書に(古い歌の詞書に)

「枯れたる葵にさして遣はしける」とも侍り(「枯れた葵にさして歌を遣わします」ともございます)

枕草子にも(枕草子にも) 「来し方恋しき物(「過ぎ去った昔が恋しくなる物は)

枯れたる葵」と書けるこそ(枯れた葵」と書いているのこそ)

いみじくなつかしう思ひ寄りたれ(たいそう心惹かれ思いが引きつけられるのです)

鴨長明が四季物語(しきのものがたり)にも(鴨長明の四季物語にも)

「玉だれに後の葵はとまりけり」とぞ書ける(「御簾に祭の後の葵が残っている」と書いてあります)

おのれと枯るるだにこそあるを(自然に枯れてしまう葵さえありますものを)

名残なく(跡形もなく) いかが取り捨つべき。(どうして取り捨てるべきでしょうか)

御帳(みちょう)にかかれる(御帳台にかかっている) 薬玉(くすだま)も(薬玉も)

九月九日(ながつきここのか)(九月九日) 菊に取り換へらるると言へば(菊に取り換えられるということだから)

菖蒲は菊の折までもあるべきにこそ(菖蒲も菊の季節まで残しておくべきなのだ)

枇杷皇太后(びわのこうたいごう)(枇杷皇太后藤原妍子さまが)

かくれ給ひて後(お隠れになった後)

古き御帳の内に(古い御帳台の内に) 菖蒲・薬玉などの枯れたるが(菖蒲・薬玉などの枯れたのが)

侍りけるを見て(あるのを見て) 「折ならぬ根を(「季節はずれの草の根を)

なほぞかけつる」と(いまだにかけているのですね」と)

弁の乳母(めのと)の言へる返事(かえりごと)に(弁の乳母が言ったその返事に)

「あやめの草は(「玉ぬきしあやめの草は) ありながら」とも(ありながら」と)

江侍従(ごうじじゅう)が詠みぞかし。(江侍従が詠んだとかいうことだ)