徒然草

(0) (10) (20) (30) (40) (50) (60) (70) (80) (90) (100) (101) (102) (103) (104) (105) (106) (107) (108) (109) (110) (111) (112) (113) (114) (115) (116) (117) (118) (119) (120) (121) (122) (123) (124) (125) (126) (127) (128) (129) (130) (140) (150) (160) (170) (180) (190) (200) (210) (220) (230) (231) (232) (233) (234) (235) (236) (237) (238) (239) (240) (241) (242) (243)

徒然草第百十五段

宿河原(しゅくがはら)といふところにて(宿河原という所にて) ぼろぼろ多く集まりて(ぼろぼろが多く集まって)

九品(くほん)の念仏を申しける(九品の念仏を上げていたところ) 外(ほか)より入り来(きた)るぼろぼろの(外から入ってきたぼろぼろが)

「もし(「もしや) この御中に(この方々の中に)

いろをし房と申す(いろをし房と申す)

ぼろやおはします」と尋ねければ(ぼろはいらっしゃいますか」と尋ねたので)

その中より(その中から) 「いろをし(「いろをしは) ここに候(ここにございます)

かくのたまふは(こうおっしゃるのは) 誰(たれ)」と答ふれば(誰ですか」と答えると)

「しら梵字(ぼんじ)と申す者なり(「しら梵字と申す者です)

おのれが師(私の師であった)

なにがしと申しし人(なにがしという人が) 東国にて(東国にて)

いろをしと申す(いろをしと申す) ぼろに殺されにけりと(ぼろに殺されたと)

承りしかば(伺いましたので)

その人にあい奉りて(その人にお会いして) 恨み申さばやと思ひて(恨みをお晴らししたいと思って)

尋ね申すなり」といふ。(尋ねて参ったのです」という)

いろをし(いろをしは) 「ゆゆしくも尋ねおはしたり(「殊勝にも訪ねていらっしゃいました)

さる事侍りき(そのような事は(たしかに)ございました) ここて対面し奉らば(ここにて対決すれば)

道場をけがし侍るべし(修行の道場を汚すことになります)

前の河原へ参りあはん(前の河原へ参って対決しましょう)

あなかしこ(くれぐれも) わきさしたち(お共の方々) いづかたをもみつぎ給ふな(どちらも味方なさいませんように)

あまたのわづらひにならば(多くの人の邪魔になれば) 仏事の妨に侍るべし」と言ひ定めて(仏事の妨げになります」と話をつけて)

二人河原へ出てあひて(二人河原に出て対決して) 心行くばかりに貫きあひて(心行くまで刺し違えて) 共に死ににけり。(共に死んでしまった)

ぼろぼろといふもの(ぼろぼろというものは) 昔はなかりけるにや(昔は無かったのだろうか)

近き世に(近年) ぼろんじ・梵字・漢字など(ぼろんじ・梵字・漢字などと) 言ひける者(言う者が)

そのはじめなりけるとかや(そのはじまりであるとかいうようである) 世を捨てたるに似て我執深く(世を捨てたようでいて自己への執着が深く)

仏道を願ふに似て(仏道を願うように見えて) 闘諍(とうじょう)をこととす(争い事を仕事としている) 放逸(ほういつ)・無慙(むざん) の(好き放題で恥知らずの) 有様なれども(様子であるが)

死を軽(かろ)くして(死を恐れないで) 少しもなづまざるかたの(少しも生に執着しない点が) いさぎよく覚えて(いさぎよく思えて)

人の語りしままに(人の語ったままに) 書き付け侍るなり。(書き付けましたのです)