徒然草

(0) (10) (20) (30) (40) (50) (60) (70) (80) (90) (91) (92) (93) (94) (95) (96) (97) (98) (99) (100) (101) (102) (103) (104) (105) (106) (107) (108) (109) (110) (111) (112) (113) (114) (115) (116) (117) (118) (119) (120) (130) (140) (150) (160) (170) (180) (190) (200) (210) (220) (230) (231) (232) (233) (234) (235) (236) (237) (238) (239) (240) (241) (242) (243)

徒然草第百八段

寸陰惜しむ人なし(少しの時間を惜しむ人は少ない) これよく知れるか(これはよく物事をわかっているからなのか)

愚かなるか(単に愚かなのか) 愚かにして怠る人の爲にいはば(愚かで怠け者のために言っておくと)

一錢輕しといへども(一銭は軽いといっても) これを累（かさ）ぬれば(これを重ねれば)

貧しき人を富める人となす(貧しい人を富める人にできる)

されば(なので) 商人（あきびと）の一錢を惜しむ心(商人が一銭を惜しむ心は) 切なり(切実なのだ)

刹那覺えずといへども(一瞬という短い時間は意識されないといっても) これを運びてやまざれば(これをずっと過ごしていると)

命を終ふる期（ご）(命を終える時が) 忽ちに到る。(たちまちやって来る)

されば(なので) 道人は(仏教の修行をする人は) 遠く日月を惜しむべからず(遠い未来までの月日を惜しむべきでない)

ただ今の一念(ただ今のこの一瞬を) 空しく過ぐることを惜しむべし(空しく過ごすことを惜しむべきだ)

もし人來りて(もし人が来て) わが命(お前の命は) 明日は必ず失はるべしと(明日は必ず失われるだろうと)

告げ知らせたらんに(告げ知らせたなら) 今日の暮るゝ間(今日という一日が暮れるまでの間)

何事をか頼み(何事を頼み) 何事をか營まむ(何事を営もう)

我等が生ける今日の日(我々が生きている今日という一日も) 何ぞ(どうして) その時節に(明日死ぬといわれたその一日と)

異ならん(違うことがあるだろう)

一日のうちに(一日のうちに) 飮食（おんじき）(飲食) 便利(便通) 睡眠(睡眠) 言語（ごんご）(会話) 行歩（ぎゃうぶ）(歩行など)

止む事を得ずして(やむを得ないことで) 多くの時を失ふ(多くの時を失う)

その餘りの暇(その余りの時間は) いくばくならぬうちに(どれほども無い中で) 無益（むやく）の事をなし(無益な事をなし)

無益の事を言ひ(無益な事を言い) 無益の事を思惟（しゆい）して(無益な事を考えて) 時を移すのみならず(時を過ごすのみならず)

日を消（せう）し(日を浪費し) 月をわたりて(月を経過し) 一生をおくる(一生を送る) 最も愚かなり。(まったく愚かである)

謝靈運は(中国南北朝時代の文人・謝霊雲は) 法華の筆受なりしかども(法華経の筆録を行ったが)

心(心に) 常に風雲の思ひを觀ぜしかば(常に立身出世の野望を念じていたので)

惠遠（えおん）(中国浄土教の創始者・恵遠は) 白蓮の交はりをゆるさざりき(念仏結社・白蓮社の仲間に加わることを許さなかった)

しばらくも(ほんの短い間でも) これなき時は(一瞬を惜しむ心が無い時は) 死人に同じ(死人と同じである)

光陰何のためにか惜しむとならば(一瞬を何のために惜しむかといえば) 内に思慮なく(内には雑念を無くし)

外に世事なくして(外には俗世間の事と交わりを断ち) 止まむ人は止み(悪を止めようとする人は止め)

修（しゅう）せむ人は修せよとなり。(善を行おうとする人は行えというのである)