徒然草

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徒然草第五十三段

これも仁和寺の法師(これも仁和寺の法師)

童の法師にならむとする(童が剃髪して僧になる) 名殘とて(名残ということで) 各遊ぶことありけるに(皆で遊ぶ事があったところ)

醉ひて興に入るあまり(酔って興が乗るあまりに) 傍なる足鼎をとりて(そばにあった足鼎を取って) 頭にかづきたれば(頭にかぶったところ)

つまるやうにするを(つまるような感じであったので) 鼻をおしひらめて(鼻を押して平たくして) 顔をさし入れて(顔をさし入れて)

舞ひ出でたるに(舞い踊りはじめた所) 滿座興に入ること限りなし。(一座の者はみな大いに盛り上がった)

しばし奏でて後(しばらく舞い踊ってから) 拔かむとするに(抜こうとした所)

大かた拔かれず(まったく抜けない) 酒宴ことさめて(酒宴の場はすっかり興ざめして) いかゞはせむと惑ひけり(どうしようかと困った)

とかくすれば(あれこれしている内に) 首のまはり缺けて血垂り(首のまわりが傷ついて血が出てきた) たゞ腫れに腫れみちて(首じゅう腫れに腫れて)

息もつまりければ(息もつまったので) うち割らむとすれど(打ち割ろうとするが) たやすく割れず(簡単に割れない)

響きて堪へがたかりければ(響いて我慢できないので) 叶はで(思うようにならず) すべき樣なくて(どうしようもないので)

三足なる角の上に(鼎の三本の足が角のように突き出ている上に) 帷子をうちかけて(帷子をかけて) 手をひき杖をつかせて(手を引き杖をつかせて)

京なる醫師（くすし）の許（がり）(京都の医者のもとに) 率（い）て行きけるに(連れて行く道すがら)

道すがら人の怪しみ見る事限りなし。(人が怪しんで見ることは並々でなかった)

醫師の許（もと）にさし入りて(医者のもとに入って) むかひ居たりけむ有樣(向かい合ったその様子は)

さこそ異樣なりけめ(さぞかし異様だったろう) 物をいふも(ものを言うも)

くゞもり聲に響きて聞えず(くぐった声に響いて聞こえない) 「かゝる事は書にも見えず(「このようなことは医学書でも見たことが無い)

傳へたる教へもなし」といへば(伝え聞いた治療法も無い」と言ったので) また仁和寺へ帰りて(又仁和寺に帰って)

親しきもの(親しき者) 老いたる母など(年老いた母など) 枕上により居て泣き悲しめども(枕元に寄って座って泣き悲しむけれど)

聞くらむとも覺えず。(聞いているだろうとも思えない)

かゝる程に(そうこうしている内に) 或者のいふやう(ある者が言うことに)

「たとひ耳鼻こそ切れ失すとも(「たとえ耳や鼻が切れて失われても) 命ばかりはなどか生きざらむ(命ばかりはどうして失われることがあろう)

たゞ力をたてて引き給へ」とて(ひたすら力を入れて引っ張りなさい」と言って) 藁の蒂（しべ）をまはりにさし入れて(藁しべを首のまわりにさし入れて)

金を隔てて(金属を隔てて) 首もちぎるばかり引きたるに(頸もちぎれるばかりに引いた所)

耳鼻缺（か）けうげながら(耳と鼻は欠けてしまったものの) 拔けにけり(抜けた)

からき命まうけて(危険な一命を取り留めて) 久しく病み居たりけり。(僧は長く病にかかっていたと聞く)