徒然草

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徒然草第五十八段

「道心あらば(「仏の道を求める心さえあれば) 住む所にしもよらじ(住む所にはよらないだろう)

家にあり(家にいるままでも) 人に交はるとも(人に交わっても) 後世を願はむに(来世の往生を願うのに)

難かるべきかは」と言ふは(何の問題があろうか」と言うのは) 更に後世知らぬ人なり(まったく来世について知らない人である)

げには(実際) この世をはかなみ(この世をはかなみ) 必ず生死を出でむと思はむに(必ず迷いの境地を脱しようと思うのに)

何の興ありてか(何の興味があって) 朝夕君に仕へ(朝夕主君に仕えたり) 家を顧る營みの勇ましからん(家を顧みる営みに心が向かうであろうか)

心は縁にひかれて移るものなれば(心は機縁にひかれて移り行くものなので)

靜かならでは(静かでなければ) 道は(仏道修行に専念するのは) 行じがたし。(難しいのだ)

その器物（うつはもの）(今の人の器量は) 昔の人に及ばず(昔の人にかなわないのだから)

山林に入りても(山林に入っても) 飢をたすけ(飢えをしのぎ)

嵐を防ぐよすがなくては(嵐を防ぐよすががなくては) あられぬわざなれば(生きていけないものだから)

おのづから世を貪るに似たる事も(たまたま世を貪るかのように見えることも) 便りに觸れば(場合によっては) などか無からん(どうして無いことがあろう)

さればとて(だからと言って) 「背けるかひなし(「出家した甲斐が無い)

さばかりならば(こんなことなら) なじかは捨てし」などいはんは(どうして俗世を捨てたのだ」など言うのは) 無下の事なり(お話にならない)

さすがに一たび道に入りて(なんといっても一度仏の道に入って) 世をいとなむ人(俗世間を離れた人は)

たとひ望みありとも(たとえ欲望が心に起こっても) 勢ひある人の貪欲多きに似るべからず(俗世間の勢いある人の貪欲の多さとは比べるべくもない)

紙の衾（ふすま）(紙の衾) 麻の衣(麻の衣) 一鉢のまうけ(一鉢の食事) 藜（あかざ）の羮（あつもの）(藜（あかざ）の吸い物が)

いくばくか人の費（つひえ）をなさむ(どれだけ費用がかかるというのか)

求むる所はやすく(求めるものは簡単に手に入り) その心早く足りぬべし(心は早く満たされる)

形に恥づる所もあれば(僧の格好をしている自分の姿に恥じる所があるので) さはいへど(そうは言っても) 惡には疎く(悪には遠ざかり) 善には近づくことのみぞ多き。(善には近づくことばかり多くなってくる)

人と生れたらんしるしには(人と生まれたしるしには) いかにもして世を遁れむ事こそ(どうにかして出家隠遁することこそ)

あらまほしけれ(理想だ)

偏に貪ることをつとめて(ひたすら貪る事に励んで) 菩提（ぼだい）に赴かざらむは(悟りの境地を求めようとしないのは)

よろづの畜類にかはる所あるまじくや。(あらゆる畜生の類と変わる所があるだろうか)